お知らせ

2012年4月から新潟大学大学院に共生経済学研究センターを立ち上げました!グローバルな視野を踏まえながら、地域目線の研究活動を企画していきます。今年度は新潟市における公契約条例制定の可能性について検討中です。

2012年11月27日火曜日

99%のための経済学【理論編】

11月23日の勤労感謝の日,「脱原発を考える新潟市民フォーラム」の勉強会にお招きいただき,「共生経済の構想―脱原発から脱新自由主義へ」という論題で講演させていただきました。たくさんのご質問を頂戴したほか,有意義な意見交換もさせていただき,生産的なひと時を過ごすことができました。当日参加された皆様に改めて感謝申し上げたいと思います。

ところで今回の講演の内容は,12月5日配本の拙著『99%のための経済学【教養編】―誰もが共生できる社会へ』(新評論)と来春刊行予定の姉妹編『99%のための経済学【理論編】―新自由主義サイクル,TPP,所得再分配,共生経済社会』(同)を下敷きにしたものでした。そのうち後者【理論編】の自著紹介文がPR誌『新評論』に近々掲載されます。版元の了解を得て,一足早く,その内容をご覧いただきましょう。以下がそれです。

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タイトルからすぐわかるように、本書『99%のための経済学【理論編】』は、上梓したばかりの拙著『99%のための経済学【教養編】』(新評論2012年)の姉妹編にあたる。【教養編】では、経済問題とその関連領域を中心に、共生の視点から国内外の現実を読み解き、とりわけ「新自由主義サイクル」+「おまかせ民主主義」+「原発サイクル」=「経済テロ」という、悪しき方程式の存在を指摘した。そしてこれを突き崩すために、多様な回路の「市民革命」を日常的に実践し、継続していくべきことを示唆した。

4章構成の【理論編】も同じ問題関心に立っているが、前著では概説するにとどめた現実解釈や将来展望のうち、特に重要な論点について理論的な根拠を与えるものになっている。第1章は日本型「新自由主義サイクル」の最新仮説であり、「99%」が組み込まれている閉塞的な政治経済循環構造の構図を提示する。第2章は「99%」が目指すべき対案のひとつ、すなわち所得再分配による内需拡大のマクロ的条件を検討する。第3章では、2010年秋にTPPの経済成長促進効果を「実証」して注目された、内閣府の研究の理論的基礎(CGEモデル)を根底から批判する。

最終章では「共生経済社会」の構想を論じている。具体的には、第2章で示唆した再分配による内需拡大と、内橋克人氏が提唱してきた地域の「共生経済」や「FEC自給圏」とが、論理的に整合することを中心に、今後あるべき社会を展望している。ここではまた、他の国々も同じく内需中心の「共生経済社会」に転換すべきことや、それを可能にする仕組み、つまりケインズが考案した「国際清算同盟」や「国際貿易機関」の現代版を創出すべきことも主張している。これに関連してIMFの改革も必要になるが、この点は拙著『「もうひとつの失われた10年」を超えて』(新評論2009年)をご参照願いたい(第5章と第6章)。

共生のための「市民革命」を考える姉妹編2書。合わせてご一読頂ければ幸いである。
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2012年11月11日日曜日

アルゼンチンにみる「ポスト新自由主義」の成果と課題

11月10日,表題と同じ論題で学会報告を行いました。ラテン・アメリカ政経学会第49回全国大会(東洋大学白山第2キャンパス)においてです。その要旨と参考文献を次に転載します。

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アルゼンチンにみる「ポスト新自由主義」の成果と課題

佐野 誠

  §はじめに

アルゼンチンは,マネタリー・アプローチに象徴される極端な経済自由化を1970年代後半と1990年代に実施した後,近年は「新開発主義」(Bresser Pereira)とも呼ばれる経済政策を進めてきた。その成果と課題を2つの問題関心に絡めて検討する。ひとつはユーロ圏周辺諸国の債務危機について推奨される「アルゼンチン型解決」,つまりユーロ圏離脱=固定相場制放棄とデフォルト(Krugman; Stiglitz)の有効性のいかんであり,もうひとつは政権交代後も新自由主義政策の下で閉塞し続ける日本経済への示唆である。


§Ⅰ初期条件:変動相場制への移行と調整スタグフレーション

  1991年以降の「兌換法体制」(カレンシー・ボード=マネタリー・アプローチ)は,未曾有の大量失業と2度の通貨・金融危機循環(Taylor のいうFNサイクル)を引き起こした後,2001年末に崩壊した。変動相場制への移行と通貨の大幅切り下げの結果,2002年前半は調整スタグフレーションが発生し,社会経済指標はさらに悪化した。

 

§Ⅱ成果:復元力のある高度成長と失業率の大幅な低下(2002年後半~2011年前半)

  2002年後半から2008年までは「中国並み」と言われる高度成長が持続する。2009年は世界経済危機の影響で成長率が低下したものの,2010年から翌年第3四半期にかけて再び高率の成長がみられた。主な需要項目の成長率寄与度じたいは,平均すれば大きい方から順に,民間消費>投資>政府消費>純輸出となるが,先行研究と統計を踏まえると,高度成長の時系列的かつ論理的な因果関係は次のように推定される(以下,下線部は政府・中央銀行の介入=「新開発主義」に関連する事項である)。

2002年の通貨切り下げと「競争力を保つ安定した実質実効為替レート」(Frenkel)の維持⇒貿易財部門中心に利潤率の改善(Manzanelli 2012によれば200102年の利潤額はほぼ不変だが,△利潤分配率>▼産出・資本比率)⇒純輸出激増(成長寄与度は2003年以降マイナスになるが,ドル建て貿易黒字は持続し対外制約を緩和)

2003年以降の固定投資ブーム(←デフォルトと2005年の対外債務削減の成功)

③雇用・労働・貧困指標の改善⇒民間消費の増加(←最低賃金・年金の実質引き上げ,賃上げ交渉の誘導,普遍的子ども手当などの所得政策雇用の正規化年金の再国営化

④利潤率の維持(▼利潤分配率<△産出・資本比率;ただし2004年半ば以降の工業稼働率平均は大半が70%台)⇒強気の固定投資ブームの持続

このほか【ⅰ】大豆など国際一次産品ブーム(輸出価格上昇,輸出量増加,交易条件改善)による対外制約の緩和,【ⅱ】世界経済危機下の機動的な景気対策も,復元力のある高度成長を支えた。

以上の「新開発主義」の結果,「兌換法体制」崩壊前後は20%に近づいた完全失業率が7%程度にまで低下した。このことが,アルゼンチンにおけるポスト新自由主義の最大の成果だといえる。

§Ⅲ課題:根強く残る社会的債務…インフレによる成長抑制のリスク

 とはいえ,次のような課題が残されている(直近の成長率低下とGM農産物の問題は省略)。

①完全失業率の低下のほか,不完全就業率や非正規雇用率の低下,実質賃金の上昇,労働分配率の上昇,ジニ係数の低下,貧困率の低下など,社会経済指標は「兌換法体制」の初期ないし中期の「振出し」に戻りつつあるが,それ以上ではない。上述した現在の7%程度の失業率も,実は「兌換法体制」初期並みの,または1980年代の「失われた10年」末期程度の水準である。

②インフレの再燃とそれが誘発する問題。近年のインフレ率は公式統計(政治的操作が疑われる)では10%前後,民間研究機関の代替的な物価推計値(IPC-7Provincias等)では20%台前半である(財政は黒字基調であり,20123月に中央銀行の独立性が否定されるまで財政赤字の補てんも禁じられていたので,貨幣数量説タイプのインフレではありえない。またインフレ・ギャップも存在しない。実質実効為替レートの維持それ自体や一次産品ブームによる輸入インフレ,またそこに起因した構造インフレが想定される)。IPC-7Provincias等を使うと2007年以降は,①実質実効レートが切り下がって(ただし2001年までの水準よりはなお高い)価格競争力が相対的に低下し,②賃金購買力も見かけより低くなる。輸出税率の引き上げを含め,所得政策を包括的に強化する必要があるが,政治的には困難である。


§小括

以上の経験から次の結論が導かれる。①ユーロ圏周辺諸国危機の「アルゼンチン型解決」は,最悪の事態からの脱却を可能にはするが,それ以上の成果が得られるか否かは条件次第である。他方,②日本についても,取り急ぎ「振出し」にまで戻せるなら,その方が望ましく,ポスト新自由主義はその限りでは少なくとも有効なのではないか(以上の下線部のうち適用可能なのは所得政策と非正規雇用の正規化か)。



■参考文献

宇佐見耕一2011:『アルゼンチンにおける福祉国家の形成と変容――早熟な福祉国家とネオリベラル改革』旬報社

佐野 誠1998:『開発のレギュラシオン――負の奇跡・クリオージョ資本主義』新評論

佐野 誠2009:『「もうひとつの失われた10年」を超えて――原点としてのラテン・アメリカ』新評論

Aruguete, Natalia 2012: “El Sistema Monetario Europeo. Mirada Global”, Página 12, 2 de Mayo de 2012, http://www.pagina12.com.ar/diario/suplementos/cash/17-5971-2012-05-02.html

Bresser-Pereira, Luiz Carlos 2007“Estado e Mercado no Novo Desenvolvimentismo”, Nueva Sociedad, Número 210, http://www.nuso.org/upload/articulos/3444_2.pdf

Campos, Luis 2012: “La Negociación Colectiva en la Posconvertibilidad: Recuperación Histórica y Acumulación de Tensiones”, Apuntes para el Cambio. Revista Digital de Economía Política, Número 3, Mayo/ Junio de 2012, http://www.apuntesparaelcambio.com.ar/apc_n3.pdf

CENDA 2007: “La Trayectoria de las Ganancias después de la Devaluación: La “Caja Negra” del Crecimiento Argentino”, Notas de la Economía Argentina, Centro de Estudios para el Desarrollo Argentino, Número 4, Diciembre de 2007, http://cenda.org.ar/informe_macroeconomico.html

CENDA 2008a: “La Ecoonmía Argentina en la Encrucijada: ¿De la Política Macroeconómica a la Estrategia Nacional del Desarrollo?”, Notas de la Economía Argentina, Centro de Estudios para el Desarrollo Argentino, Número 5, Agosto de 2008, http://cenda.org.ar/informe_macroeconomico.html

CENDA 2008b: “La Inflación, Sus Causas y los Debates en torno a Una Política Anti-inflacionaria”, Notas de la Economía Argentina, Centro de Estudios para el Desarrollo Argentino, Número 5, Agosto de 2008, http://cenda.org.ar/informe_macroeconomico.html

CENDA 2008c: “¿Cuánto Ganan los Trabajadores? Alternativas para la Estimación de los Salarios Reales”, El Trabajo en Argentina. Condiciones y Perspectivas. Informe Trimestral, Centro de Estudios para el Desarrollo Argentino, Número 15, Primavera 2008, http://cenda.org.ar/informe_laboral.html

CENDA 2010: “La Macroeconomía después de la Convertibilidad”, Notas de la Economía Argentina, Centro de Estudios para el Desarrollo Argentino, Número 7, Noviembre de 2010, http://cenda.org.ar/informe_macroeconomico.html

CEPAL 2009: La Reacción de Los Gobiernos de Las Américas Frente a La Crisis Internacional. Una Presentación Sintética de Las Medidas de Política Anunciadas Hasta el 30 de Septiembre de 2009, Santiago de Chile: Comisión Económica para América Latina y el Caribe, http://www. cepal.org/ publicaciones/xml/8/37618/2009-733-Lareacciondelosgobiernos-30septiembre-WEB.pdf

CIFRA 2011: El nuevo patrón de crecimiento.Argentina 2002-2010, Informe de Coyuntura Nº 7, Centro de Investigación y Formación de la República Argentina, Mayo 2011, http://www.centrocifra.org.ar/ docs/CIFRA%20-%20Informe%20de%20coyuntura% 2007%20-%20Mayo%202011.pdf

CIFRA 2012: Propuesta de un Indicador Alternativo de Inflación, Centro de Investigación y Formación de la República Argentina, Marzo de 2012, http://www.centrocifra.org.ar/docs/CIFRA%20-% 20IPC- 9%20(Marzo%202012).pdf

Damill, Mario, Roberto Frenkel and Martín Rapetti 2012: “Policy Brief: Fiscal Austerity in a Financial Trap: The Agonic Years of the Convertibility Regime in Argentina”, Initiativa para la Transparencia Financiera, Policy Brief 62, http://www.itf.org.ar/pdf/lecturas/lectura62.pdf

Frenkel, Roberto 2006: “An Alternative to Inflation Targeting in Latin America: Macroeconomic Policies Focused on Employment”, Journal of Post Keynesian Economics, Vol.28, No.4

Krugman, Paul 2012: “Down Argentina Way”, The New York Times, May 3, 2012, http://krugman.blogs. nytimes.com/2012/05/03/down-argentina-way/

Kicillof, Axel, y Cecilia Nahón 2006: Las Causas de la Inflación en la Actual Etapa Económica Argentina.Un Nuevo Traspié de la Ortodoxia, Documento de Trabajo, Número 5, Centro de Estudios para el Desarrollo Argentino, http://cenda.org.ar/documentos_de_trabajo.html

Lewcowicz, Javier 2012: “No Han Aprendido de Argentina en Europa”, Página 12, 14 de agosto, 2012, http://www.pagina12.com.ar/diario/economia/2-200988-2012-08-14.html

Manzanelli, Pablo 2012: “La Tasa de Ganancia durante la Posconvertibilidad. Un Balance Preliminar”, Apuntes para el Cambio. Revista Digital de Economía Política, Número 3, Mayo/ Junio de 2012, http://www.apuntesparaelcambio.com.ar/apc_n3.pdf

Stiglitz, Joseph 2012: “Discursos Completos de Joseph Stiglitz y Cristina Kirchner en el Seminario sobre Economía”, http://www.iade.org.ar/modules/noticias/article.php?storyid=3906

Vernengo, Matías, and Esteban Pérez-Caldentey 2012: “The Euro Imbalances and Financial Deregulation: A Post Keynesian Interpretation of the European Debt Crisis”, Real-World               Economics Review, Issue No.59, 2012

Weisbrot, Mark 2012: “Argentina and the magic soybean: the commodity export boom that wasn't”, The Guardian on Facebook, May 4, 2012, http://apps.facebook.com/theguardian/commentisfree/ cifamerica/2012/may/04/argentina-magic-soybean-export-boom

2012年11月7日水曜日

99%のための経済学【教養編】

2冊の新刊本と学会報告の準備に追われ,長い間このブログをお休みにしてきました。この間Twitterのつぶやき(右側をご覧ください)でも問題提起を続けてはいたのですが,そろそろブログ本体も再開しなければと考えているところです。その手始めに,今回は,近刊『99%のための経済学【教養編】――誰もが共生できる社会へ』(新評論)についての自著紹介文を転載します。PR誌『新評論』2012年11月号(234号)に掲載されたものです。文語体ですが,ご容赦を。

なお,この自著紹介の文章のあとに,最近お気に入りの歌"Las cosas que amas"(「あなたが大好きなこと」)にリンクを張っておきます。アルゼンチンのロッカー,ロレーナ・マジョールさんが,やさしく日常生活の機微を歌ったもので,勤務先でひとつだけ担当しているスペイン語の授業でも紹介しました。とても素敵な曲ですよ。

以下,拙著紹介文です。

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内橋克人さんとの共編著『ラテン・アメリカは警告する――「構造改革」日本の未来』(新評論2005年)を世に送り出し、新自由主義の危険性を訴えてから7年。政権交代後の今も状況はほとんど変わっていない。従来の「構造改革」路線は改めて更新され(TPP協議への参加方針;税と社会保障の一体改革)、大震災と原発事故の被害も十分には補償されないまま、相変わらず自己責任と自由放任の冷酷な政治がまかりとおっている。

「格差社会」の構造は手つかずのままであり、象徴的に「1%」と呼ばれる一握りの富裕層が法外な利益を得ている反面、「99%」、つまり圧倒的多数の庶民の暮らし向きはさらに悪化してきた。自殺や孤独死も高止まりしたままだ。文字通り共生を阻み、多様な生の可能性を狭める仕組みが、現在も持続しているのである。

いま必要とされているのは、この悪しき構造を真正面から暴き出し、その変革の方向性を提起する「99%のための経済学」にほかならない。それはまた人々の共生とその質的向上、そして人間と環境の調和を目指す、「共生経済学」でもなければならない――こう見定めて2011年秋、市民向けのブログ『共生経済学を創発する』を始め、グローバルな視点から、経済とその関連領域について様々な問題提起を重ねてきた。

TPPや一体改革などの批判は当然だ。ほかには「新自由主義サイクル」と「原発サイクル」の類似性、子供も洗脳しかねないネオリベラル・マスメディアの批判、独裁的な「おまかせ民主主義」の批判、アルゼンチンに学ぶ「非正規雇用を減らす方法」、共生経済社会への転換構想、債務危機の下で広がるギリシャの共生経済(地域通貨)など。このうち「おまかせ民主主義」批判は、幸いすでに脱原発運動などでも利用されている。
 
 以上を編集し、体系的にまとめ直したのが本書である。ブログと同じく口語体であり、予備知識がなくても読み進められるようになっている。近刊『99%のための経済学【理論編】』と併せてご一読頂ければ幸いである。
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自著紹介は以上。ロレーナ・マジョールさんの曲へのリンクはここです(^^♪ →http://www.rock.com.ar/videos/las-cosas-que-amas-lorena-mayol/