お知らせ

2012年4月から新潟大学大学院に共生経済学研究センターを立ち上げました!グローバルな視野を踏まえながら、地域目線の研究活動を企画していきます。今年度は新潟市における公契約条例制定の可能性について検討中です。

2013年2月12日火曜日

EUユーロ圏経済危機をどう解決するか:ナバーロ教授の処方箋

昨年末から今年初めにかけてやや体調がすぐれなかったところに、近刊拙著『99%のための経済学【理論編】』(新評論)の校正作業が重なったため、無理をしないよう意識的に仕事量を抑えていました。2か月以上もブログを更新しないでいたのは気になっていたのですが(もっとも、右側においてあるTwitterの欄でもおわかりのように、「つぶやき」はほぼ毎日続けていたのですが)、どうかご容赦ください。また少しずつ再開していこうと思います。

さてEUユーロ圏の経済危機が世界経済に深刻な打撃を与えているのはご存知の通りですが、その危機からどう抜け出すかをめぐって、二大指導国のドイツとフランスでは考え方が違います。このことについて、わかったようでわからないような、もやもやした気分(昔の言葉でいえば隔靴掻痒?)の方も多いのではないでしょうか。ありがたいことに、スペインを代表する経済学者の一人、ポンペウ・ファブラ大学ビセンス・ナバーロ教授(アメリカ合州国ジョンズ・ホプキンス大学教授でもある)が、この点について論じておられましたので、要点だけ箇条書きしておきましょう("El Debate de Política Económica en la Eurozona", 8 de febrero de 2013, Sistema Digital)。

①ユーロ圏周辺諸国が経済危機からどう抜け出すべきかについては、2つの考え方がある。

②ひとつは緊縮財政と労働市場の規制緩和(解雇と賃下げを容易にする)を組み合わせるもので、ドイツのメルケル政権をはじめとするEUの保守派や社会民主主義勢力の一部がこれを支持している。この処方箋にしたがえばスペイン経済の活路は輸出の増加にあり、他方でドイツは強いユーロを維持する役割を果たすべきだという。メルケル首相が公言しているこうした戦略は、強いユーロこそがスペイン経済の回復を妨げている要因のひとつであることを理解しないものである。

③メルケル・モデルとも呼べるこの考え方は、スペインの保守派にも広く受け入れられている。それによれば、ドイツの低い失業率はシュレーダー前首相以来の雇用の柔軟化(またこれによる国際競争力の強化)に起因したものであり、スペインもこの路線を採るべきだという。現実は異なる。ドイツの低い失業率は、企業と労働組合の共同決定(労組の経営参加)にもとづくワーク・シェアリングによって可能になったものである。雇用の柔軟化は不安定で労働条件のよくない非正規雇用を増やしたにすぎない。

④もうひとつの危機打開策はフランスのオランド政権のものであり、これは緊縮政策と労働市場の規制緩和よりも需要創出を強調する。この姿勢はそれ自体としては望ましいが、現状ではあまりに抑制がききすぎていて、結局はユーロ圏の財政赤字を極端に制限する協定(赤字をGDP比3%に厳格に抑える安定協定や、さらに事実上0%にする最近の財政協定)がまかり通ることになってしまっている。

⑤アメリカ合州国の州政府は財政を均衡させなければならないことになっているが、いざとなれば中央銀行である連邦準備制度が出動する。GDPの19%にもなる連邦政府も諸州の不均等を是正するように再分配を行う。このため同国の失業率の州間格差は比較的小さい。低い東北部は6.3%、高い南部でも12%どまりである。これに対してユーロ圏ではスペインの失業率が26%である一方、ドイツは5%にすぎない。ヨーロッパ中央銀行(ECB)は中央銀行とはいえず、銀行業界のロビーと化している。アメリカ合州国にはたしかに中央銀行が存在し、必要に応じて国債を買い入れ、連邦政府が国債発行に際して高い利回りに苦しむことがないようにしている。

⑥ユーロ圏の場合、ドイツは低金利で資金調達が可能だが、それは周辺諸国から資本が流入してきているからでもある。ところが同国はECBが周辺諸国の国債を購入するのに反対しており、ユーロ債の発行にも難色を示している。これではスペインのような周辺諸国が十分に需要創出を行うことは困難である。現在のユーロ圏は、いわば連邦政府なきアメリカ合州国とでもいえるような状態にあるが、これは市場原理主義の茶会運動が夢見るものにほかならない。

⑦必要とされる変革は、オランド政権が考えているよりもずっと大がかりなものになる。というのは、ユーロ圏経済を活性化するには、メルケル・モデルの極端な自由主義と決別しなければならないからである。ECBを真の中央銀行にするだけでなく、雇用創出のために大規模な需要創出を実施する必要がある。


ざっと以上です。いかがでしたでしょうか。昨年末に上梓した『99%のための経済学【教養編】』(新評論)では、ユーロ圏周辺諸国の経済危機に対するひとつの処方箋として、プリンストン大学クルーグマン教授が「アルゼンチン・モデル」を推奨していたことを紹介しました。これは2002年初め、同国が固定相場制(カレンシー・ボード制の一環としての)から変動相場制に移行し、厳しい調整スタグフレーションの後、目覚ましいV字型経済回復を遂げたことに注目したものです。ただ、そこで事実上想定されていたのは、どちらかといえばギリシャでした。

これに対して、今回紹介したナバーロ教授の考え方は、ユーロ圏の制度的な再編成によって、せめてアメリカ合州国なみの景気対策をとれるようにしようという「穏健」なものです。プリンストン高等研究所ハーシュマン名誉教授の言葉づかいで言い換えれば、さしずめ「アルゼンチン・モデル」は「離脱(Exit)」、ナバーロ教授の処方箋は「発言(Voice)」ということになるでしょうか。もっとも、この「発言」は、メルケル・モデルという市場原理主義からの抜本的な脱却を意味しますから、その点ではやはり十分に「離脱」といえるものなのですが。ちなみにナバーロ教授は別の論考では「アルゼンチン・モデル」にも理解を示されており、今回の提案だけにこだわるものではないようです。

日本では、ユーロ圏経済が実は制度的にも経済思想面でも最初から市場原理主義の産物であることが、いまだによく理解されているとは言えないように思います。これは主流派経済学者よりもむしろ、EUやユーロ圏をなんとなく理想化し憧憬の対象としてきた、マルクス経済学者崩れの研究者や、そうでなければ没理論的な地域研究者の責任が大きいのではないかと、以前から疑っています。ダメ押しで付け加えておきますが、ヨーロッパのまともな進歩派(新自由主義を受け入れた社会民主主義、たとえばスペイン社会労働党やドイツ社会民主党主流派を除く)の間では、<ユーロ圏=市場原理主義>という等式は、当たり前すぎる常識になっています。

なお、冒頭でナバーロ教授のことを「スペインを代表する経済学者の一人」と紹介しましたが、これにはひとつ留保をつけなければなりません。実は教授はカタルーニャ地方のご出身で、若き日、フランコ独裁時代にアメリカ合州国への亡命を余儀なくされた方です。またカタルーニャにはスペインからの独立運動の伝統があり、それには教授も共感されているようです。その意味では、「スペインを代表する…」という表現は適切ではありません。正確には「カタルーニャを代表する」とすべきです。ただ、冒頭からそうした込み入った事情を開陳するのもどうかと思い、ここで注記させていただいた次第です。

余談になりますが、スペイン本体にも優れた経済学者はたくさんおいでです。そのうちの一人、数年前に悪性腫瘍で早逝されたダビー・アニースィ元サラマンカ大学教授からは、僕自身、実は理論面で決定的な影響を受けています。面識はないのですが、ブエノス・アイレスのある書店で教授の著作を手にしたことがきっかけでした。日本では知られていないアニースィ教授のことについては、また別の機会にお話できればと思います。

それでは今日はこの辺で。